9月30日に閉鎖となったバスセンター。
なんだかんだで再開発の話は浮かんでは消え、
最後には国際興業が痺れを切らして閉鎖にした、
残念な最後。
あらためて写真でお別れをしたいと思います。
9月29日の夜に、来れないと思い行ってみました。

いつもの佇まい。夜は多少静かで物悲しいバスセンター。
カワイ音楽教室も色褪せて、ワイ音楽教室。
床といい、イスといい、出入口といい、味だらけ。
とふっちもお知らせに参加。
路線図とかオークションに出したら、結構高く売れそう。
コインロッカーも事前に営業終了。
この階段の先には、みんなが楽しみ、学び、集まった日々が
凝縮された空間が広がっていたのでしょうね。
数年前に来た私には、立入禁止しか見たことなかったですが。
藤原養蜂場のお店も事前に閉店。
中森明菜と学生割引の店でおなじみの時計店は30日も営業。
長い間の感謝の文面がグッときます。
盛岡サービス連盟は今もあるのでしょうか。
いつも中森明菜さんばかり注視していましたが、
「シチズンパラウオーター」という文字。
なんと、1959年に誕生した完全防水機能付時計。
バスセンター誕生が1960年ですので、
その頃の最先端時計の看板、ということでしょうね。
南部そば、うどんのお店もギリギリまで営業。
ガラスも年季が入って味が染みたような色合い。
これでお別れかと思っていたら、金曜日の朝にもバスセンターの前を通りましたw
最後の日の朝は、非常にいい天気。
その後、残業して帰ろうとしたら、また通りかかるwww
その時間がバスセンターの閉鎖時間とは全く知らずに。
テレビの各局が最後の最後を撮ろうと待機中。
中に入ると、蛍の光が流れ、バスの自販機から最後の精算をする職員の方。
警備の方が最後の点検を行い始める。
入ったはいいが、最後の時間とわかり、とっとと去ることに。
平成28年9月30日夜10時30分過ぎ、電気が落とされました。
ニッポンレンタカー側に、昔のエリアマップがあるのですが、
菜園に移転した川徳の駐車場や盛岡のわんこそばの先駆けであるわんこや、
エンドーチェーンに今回のバスセンターといった目印が消えていく。
この看板が時代の伝承者としてこれからも残っていって欲しいな。